ハピエコ・オリジナル小説

落語「タイム女房」其の一

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第一話;男の隠し事

ええ、世の中にはいろいろ不思議なものがありますね。
空飛ぶ円盤だとか、雪男なんて昔から言われているものもあるし、大きいところでは宇宙の構造、 小さなところでは素粒子なんてのも、われわれの理解を超えてますな。
まあ、身近なところでは、男と女、夫婦の関係なんてのも、不思議なもんですな。

似たもの夫婦がうまくいくかというと、好みも性格も全然違う夫婦がうまくいっていたりする。 一度もけんかなどしたこともない夫婦も耳にしますが、雨降って地固まるという夫婦も多くいたりします。
まあでも隠し事はまずい。その場では取り繕っても、いつかどこかで化けの皮が剥がれるようで…。

「ただいま。いまけえったぜ。お富、元気だったか。」
「おまえさん、おかえり。熊さんが今日帰るって知らせてくれたんで、初鰹買っておいたよ。まっとくれ、今一杯つけるからさ。」
「え、初鰹だって。女房を質に入れても食いたいってしろもんだ。うれしいねえ。」
「ちょっと、あたしを質屋なんかに入れたら承知しないよ。ほら、いい女房だろう。」
「ちげえねえ。いやあ、今度の行商は日数かかっちまって、おめえにも寂しい思いをさせちまったなあ。 今朝江戸に着いて、真っ先にここに駆け付けたわけよ。」
「ほらほら、いいから、さあおあがありよ、疲れただろ。」
「いやあ、うまい酒だ。腹にしみるねえ。それから、この初鰹のうまいことと言ったら、ほっぺたが落っこちて、 はねかえって元に戻っちまうってほどだぜ。ありがとよ。」
「喜んでくれて、あたいもうれしいよ。これも、あんたがきちんと家に稼ぎを持ってきてくれるおかげじゃないのさ。」
「いやあ、持つべきものは、いい女房だねえ。ハッハハハ。」
さて、晩酌の膳がすんだところで、お富が切り出します。
「…ところでさあ、あんた、あたいになんか隠していることがないかい。」
「え、いったいなんだい急に…。そんなものあるわけねえじゃねえかよ。」
「水臭いねえ。ほら、昨日熊さんがお前の亭主、明日帰るって言ってたぞって来てくれてね。 それで、あたしゃ、すぐ聞き返したんだよ。間違いないのかい、どこで聞いたんだいってさ。 そしたら熊さんがこう言ったんだよ。ああ、間違いねえ、お前の亭主は、旅先から明日江戸に帰ってくる。 いや、なに、今大家のところで偶然出っくわしてね、本人に聞いてきたんだから、ちげえねえって。」
「げ,熊公の野郎、余計なことを…。」
「明日帰るって人が、なんで大家さんのところに顔を出すわけ…。え、お前さん。」
「悪かった。行商の旅に出ていたってのは嘘っぱちだ。でも吉原に行ってたわけじゃねえし、 飲み歩いていたわけでも博打をやっていたわけでもねえ。ちゃんと働いていたんだ。 嘘じゃねえ、心配かけて悪かった。あやまるから、な、機嫌を直してくれよ。」
「ふうん、やっぱりね。でもそんなことはたいしたことじゃないのさ。 あんたがちゃんとまっとうな仕事をしてきちんと家に稼ぎを入れてくれればあたしゃそれをとやかく言うつもりはないわ。 でも、あんたがどんな商売してるんだか気になってね。」
「え、ま、まさか。」
「それで、あんたが仕事もらっているっていう親方のところに飛んで行ったのよ。 そしたら、うちにそんな男はいねえっていうじゃない。あんた、いったい…!」
「悪かった。隠し事をしてすまなんだ。実は行商人とは真っ赤な嘘。 俺は、実は、そのう、うん、なんていうか、そう、隠密、隠密なんだよ。 あちこちを調べて回っていたんだ。本当だ、許してくれ。」
「隠密ねえ。やっぱりねえ、でもまあ、そんなことはどうでもいいんだけどね。 水臭いねえ、まだ、隠していることがあるだろうえ?お前さん。」
「え、もう、なにも隠しちゃ…。」
「じゃあ、聞くけど、あんた旅にも出ないで、夜はどこに寝泊まりしてるっていうんだい。」
「そ、それは…。」
「それで、あんたや熊さんと仲よくしてる与太郎どんとっつかまえて聞いたのよ。 うちの亭主は、夜はどこに行くのかってね。そしたら与太郎が言うじゃないの、 あのゆらゆら揺れる柳の下を通って、おいてけ堀の先のススキ野原の外れにある、お墓の奥の閻魔堂に行ってるって…。」
「あ、あの馬鹿、あれほど言っておいたのにペラペラと…。」
「それで、あたい、昨日夕暮れ時に早速出かけて行ったわよ。 ゆらゆら揺れる柳の下を通ったら、生暖かい風がフワーッと吹いてきてね。怖くなって駆け出したら、 人っ子ひとりいないおいてけ堀じゃない。そこに遠くから陰にこもった鐘の音がゴーン…と鳴り響いてね。 そこを走り抜けてススキ野原に出たら、バサバサってカラスが飛んでいくのよ。 そしたら、すっかり日が暮れてきて、泣きながら進んでいったら、目の前に広がるのは、薄暗いお墓じゃないの。」
「お前まさか…行ったのか…。」
「もう、ここまで来たら戻れない、どうにでもなれってんで、お墓を抜けて、閻魔堂に駆け込んだわよ。そしたら何よ、あんた。」 「…お前…まさか…見ぃたぁなぁ〜。」
「なんなのよ、閻魔堂の中には、洞穴の入り口みたいな大きな横穴がぽっかり口を広げていて、 奥は真っ暗じゃないの…。あんた、本当は、いったい何をしてるのさ。」
「そうか…そこまで知られちゃしょうがない。俺は、この世界の人間じゃないんだ。 お前の行ったことのない世界からここにやって来たんだよ。あの閻魔堂は、その世界への入り口なのさ。」
「なにをばかなこと言ってるんだい。あんたにはちゃんと足もついてるし、 昼間お天道様の下を歩いて来たじゃないか。まだ本当のことを言ってないね。 あんたは本当はどこから来た、誰なんだい。」
「そうかい…。実は…、こうなったら腹をくくって打ち明けるぜ。 まあ、お前に言ってもわからないだろうが、あの閻魔堂の中にあった、洞窟みたいなのはタイムトンネル…、 俺は26世紀からやって来たタイムパトロール員、今、四つの時代を股にかけてタイム密輸団を追いかけている。 な、これで全部だ、まあ、信じてくれなくてもいい。でも、これですべてだ。もう、何も隠しちゃあいない…。」
「やっぱりねえ、そういうことだったのね。でも、そんなことはたいしたことじゃないのよ。」
「ギョ!まだ、なにかあるってのかい。」
「ええっと、なんていう名前だったかしら、そうそう、レイナさんだったわ。ちょっと、レイナさん、こっちに入ってきてよ。」
するってえと、後ろの戸がガラッと開いて、不思議なコスチュームをつけた、背の高い女性が入ってきます。
「ギョギョギョ、君はタイムパトロールの高原レイナ隊員!な、なんでこんなところに。」
「なんでじゃないわよ。私というものがありながら、江戸時代に女房かなんかつくっちゃって。 これで子どもでも生まれたら、歴史が変わっちゃうでしょが…。 そしたらタイムパトロール員の資格が永久停止になるわよ。わかってるの。」
「悪かった。レイナ、お富、許してくれ。潜入捜査のためにはどうしても、 その時代の人たちと親密にならないといけなくて…仕方なかったんだ。 熊さんや、与太郎どんにも悪人を退治する手伝いってことで協力してもらっているのさ。」
「お富さんがね、タイムトンネルを通って、パトロールの本部まで来たのよ。 そこでいろいろ話を聞いていたら、もう、腹が立つやら、お富さんがけなげでかわいそうになってくるやら、 もう二人で泣きながら話していたのよ。」
「悪かった。おれも男だ、何も言い訳はしない。もう、これで隠し事は何もない、どうにでもしてくれ。」
「あれ、お富さん、この男、まだこんなこと言ってるんですけど、どうします?」
「やっぱりね。でもそれはたいしたことじゃない。問題はそこじゃないわ。まだ隠していることがあるんじゃないのかい、え、お前さん。」
「なあに言ってやがる、もうこれ以上のことは何も…。」
「お富さんの話を聞いてピーンときてね。まさかと思って、あなたのタイムトラベルデータを確認して、 ほかの時代も洗ってみたわ。そしたら、まあ、次から次へと出るわ出るわ、とんでもないことがぞろぞろと出て来たじゃないの…。」
「はいはい、みんな、もういいよ。長らく待たせたね、こっちへ入って来てよ。」
「え、え、いったい?まさか…。」
するってえと、裏の戸が開いて、貞淑そうな女、気丈そうな女、素朴な女がぞろぞろと入ってくるじゃないの。
男はそれを見ると、蒼ざめて、腰を抜かしちゃったね。
「旦那様…。」
「お前さま!」
「あんた…。」
「明治時代、江戸時代、戦国時代、縄文時代、別々の時代にそれぞれ別々の女を作るなんて、よく考えたわね。 まめな人だとは思っていたけれどいくらなんでもね。これならまずばれることはない。さあ、どうしてやろうかね。」
「いやあ、ばれちゃしょうがない。言い訳は本当にしません。ごめんなさい、…許して!」
男の前に顔をそろえた女五人。さあ、どうする?進退窮まれり。これ以上の危機はない!



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