ハピエコ・オリジナル小説

落語「タイム女房」其の四

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第4話;女房対悪人

お富はレーザーガンを突きつけられながら、心の中で思いました。
「ここでいくらかでもあたいが時間を稼げば、その間に裏口からきっとみんなが逃げ出せるはず。ようし、一か八か…。」
「何をしている、早く家を教えないか。」
「教えるよ。でもその前に、あんたが懐から出したもんはなんなんだい? 鉄砲か何かかい、変な形だねえ。それとも見せかけかい。それで脅してるつもりなのかい。」
「なるほど、お前は見たことがないはずだな。これは9人の敵を一度にロックオンして倒すことのできる 悪魔のレーザーガン、ロックオンデーモンナインだ」
「ロ、ロクデモナイ…ン?」
「いや、つまり、これはコンピューターアーミーキャノンと言ってな…。」
「え?コ、コンピラ…様。」
「コンピュータ、アーミー、キャノンだ。」
「…金毘羅、阿弥陀…観音…さま?」
「ううん、江戸時代でもわかるように言えば…、9人同時にピッカリ雷落とし式鉄砲、だな」
「…?ああ、雷おこし?」
「ちがーう!ええい、面倒くさい。これを見ろ。」
難波や徳兵衛が地面に落ちていた木切れに向けてレーザーガンを放つと、 木切れは一瞬にして黒い灰になり、崩れ落ちてしまったではないですか。
「ヒャー!」
「わかっただろう。さあ、教えろ。」
「は、はい。」
でも、これで少しは時間が稼げた。みんな、逃げ延びておくれ、お富は心の中で念じたね。
家の前について、中の様子をうかがう。中はシーンと静まりかえっているようです。
みんな逃げ延びたみたいだわ、と安心して戸を開ける。
「いらっしゃいませ。どちら様でしょうか。」
なんと部屋の奥にちょこんと明治時代の女、お糸が座っているではないですか。
「難波や徳兵衛だ。今、八五郎の女房にここを案内されてな。え、お前は誰だ。」
「八五郎の女房、お糸でございます。」
「なんだ、なんで女房が二人もいるんだ。」
「難波や徳兵衛さんでございますね。うかがっております。難波やが来たらこれを渡して帰ってもらえと、八五郎が申しておりました。」
「ほほう、面倒くさいことになるかと思っていたが、これは助かる。ふふ、やつも浮世絵より女房がかわいいと見えるな。」
お糸は、風呂敷の中からたくさんの浮世絵を取り出しました。
「東洲斎写楽の大首絵の初刷りがそろっております。これでよろしいでしょうか。」
「おう、これだ。最初からこうしてくれれば、手荒な真似はせずに済んだものを…。」
「お収めくださいませ。そのかわり、そちらの八五郎の女房、お富をお話しください。」
「だめよ、お糸さん、あたいなんかのために!」
「いいだろう。だが、写楽の大首絵のほうが先だ。」
そう言って、難波やが身を乗り出した時でした。長屋の天井から何かがフワリと飛び降りて、難波屋の後ろから飛びかかります。
「お富さん、逃げてー!」
縄文の女、ミオナでした。手製の槍で、レーザーガンをはたき落とし、お富を逃がします。
「いててて。しまった。」
あわてて、レーザーガンを拾おうとする難波や。だが、物陰からすっと音もなく現れた戦国の女サチがそれを一足早く拾い上げました。 さらに手を伸ばした難波屋の関節を逆にとり、ねじ上げ、すばやく小刀を取り出し、のど元に突き立てます。
「観念しな。これまでだ。」
「うう、お前たちは誰だ。」
「八五郎の女房、ミオナだ。お前、猿より弱い。」
「八五郎の女房、サチだ。へたに動くと命はないよ。」
「ずるいぞ、なんでこんなに女房がいるんだよ。畜生、こうなったら道連れだ。」
すると難波やの着物の中から、ピピピという妙な音が聞こえてきました。
「はは、今、時限装置の付いた半物質爆弾のスイッチを入れた、すぐに逃げないと大変なことになるぞ。」
ところが、女房たちはポカンと口を開けたまま立っています。
「ファイナルカウントダウンが始まったんだぞ。」
すると、縄文の女ミオナが聞き返しました。
「なんだそれ?お前の着物の中からピピピって聞こえるぞ。小鳥でもいるのか。」
「ああ、そうか、こいつらに半物質爆弾って言ってもわからないもんな。ええっと、江戸時代ふうにいうと、 ええっと、逆回り時計つき、ボカンと一発焼野原カラクリ火薬…。」
「はあ…?」
「ああ、こんなことやってるうちに爆発しちまうよ。」
ところが、その時戸があいて、背の高い女が、応援の隊員たちを連れて乗り込んできました。
「そこまでよ。難波や徳兵衛。すぐに時限爆弾を解除するわ。さあ、早く手下の待っている刑務所に行きなさい。」
「うう、くそ。誰だお前は。ま、まさか?」
「八五郎の女房、レイナに決まっているでしょ。わかった?」
無事時限爆弾は解除され、応援部隊によって難波や徳兵衛は、26世紀の刑務所に転送されました。
女房たちは大喜び、みんなで抱き合って喜びました。すっかり仲良くなって、お互いを褒め合っています。
「ありがとう、みんな。命の恩人だわ。」
「そちらこそ、時間稼いでくれてありがとう。でも、サチさん、強い。かっこよかったわ。」
「私はいつも、あんなことの繰り返し。ミオナさんこそ身軽ね。」
「へへ、あたし木登りも泳ぎも大得意なの。お糸さんこそ絵を見ただけですらすら言葉が出てきて感心したわ。」
「骨董にはちょっと自信があるのよ。よかった、うまく騙せて。」
お富がぽつんと言いました。
「あれ、なんか忘れているような…。」
すると、あわれな男の声が遠くから聞こえてきました。みんな外に出ると、熊さんが、気を失った八五郎を背負って歩いてきます。
「いやあ、ひどい目にあったもんだ。こっちは、どうなったんだい。」
「それがね、大変だったのよ…。」
「なになに、おそろしい武器を持った未来の悪人を…みんなでつかまえた…そりゃあすごい…。」
「ところで熊さん、あんたたちはいったいどうなったのよ。」
「いやあね、最初に飛んだ場所が、風呂屋でさあ、着物着たまま湯に飛び込んだら女たちがキャーキャー騒ぎ出して お湯をひっかけるもんだからさ。そのテレスコとかなんとかいう機械がお湯につかって暴走しちまってな。 次々いろんな場所に飛ばされちまったんだ。はっつあんはその間も機械を直そうといろいろやってくれたんだけどな。 風呂屋の次に飛ばされたのが、大名行列のど真ん中。あやうくお手打ちにされる直前にまた飛ばされて、 気が付いたら、暴れ馬の背中の上さ。馬から落ちるわ、ひきずられるわ、体中ぼろぼろになり、 そのあとも大奥に飛んで、ちょん髷をなぎなたで切られるわ、魚河岸に突っ込むわ、大変だったよ。 はっつあんのおかげで元に戻れたんだが、はっつあん、最後に豆腐屋の角に頭をぶつけて、泡吹いちまってさあ、このざまだ。」
「あんた!あんた!だめよ、死んじゃだめよ。」
「お前さま!死んだら許しませぬ。」
「あ、よかった。気がついたみたい。」
「もう、生き返っても許さないんだからね。」
「あなた、難波や徳兵衛は、逮捕できたわ。浮世絵も無事よ。」
するってえと、気が付いた八五郎は顔を上げてこういった。
「よくやってくれた。もう、俺はお前さんがたに一生、頭が上がらねえな。おれたち男がだらしないばかりに苦労をかけちまったな。」
「いやあ、おっそろしい武器を持ってたやつをやっつけるなんざあ、おたくの女房はすごいねえ。」
「あったぼうよ。俺んとこは家内がそろい踏みして、千人力。誰が来ようとかないませんってな。」

おあとがよろしいようで…。

(了)

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