落語「タイム女房」其の三
[タイム女房 其の一 はこちら]
[タイム女房 其の二 はこちら]
[タイム女房 其の四 はこちら]
第三話;真昼の決闘
その時、戸口がガラッと開いて、熊さんが入ってきました。
「よう、はっつあん、けえってるかい。」
「てめえ、熊公、お前のおかげでてえへんなことになっちまったぞ。」
「いててて、それどころじゃねえんだよ。」
「なんだよ、急なことでもおきたのかい。」
「驚くなよ。あの難波や徳兵衛がここに来る。」
「な、なに、本当か!」
「まちげえねえ。さっきご隠居の家の前ででっくわしちまって、本人の口から直接聞いたんだ。」
「なんだって!なんて言ってたんだ。」
「それがさあ、あやしい三人連れがやって来て、行商の八五郎さんの家はどこですかと丁寧に聞いてきたんだよ。
そういうそちらさまはどなたですかと名前を聞きかえしたら難波や徳兵衛だというじゃねえか。」
「ええ!それで熊公、お前なんて答えたんだ。」
「ああ、それが丁寧に聞かれたんで、ついここの場所を教えちまってね…。」
「教えた?ばかやろう。そりゃあ大変だ。三人連れってえと、手下も一緒か。」
「誰なの、その難波や徳兵衛って?」
「この江戸の町じゃ、ちっとは名の知れた商人だけど…。」
「違うんだ。難波や徳兵衛、未来人の変装だ。やつこそがタイム密輸団のボスなんだ。
このおれの風呂敷包みの中に、やつのアジトから奪い返してきた江戸時代の浮世絵が入っている。
これを取り返しにきたにちげえねえ。やつら26世紀の武器を持っている、水戸黄門でも暴れん坊将軍でもかなわないぞ。」
(ええ、どうすんだい。長屋全員で夜逃げか。あ、今は昼間か…。)
するてえと、はっつあんは、五人の女の方をむき、土下座しながらたのみはじめた。
「お前たちに俺がしたことを許してくれとはもう言わねえ。だが、悪人が手下を連れて、今ここに来る。
ピンチだが、逆に言えば、やつをとッつかまえる、絶好のチャンスだ。頼む、お願いだ。
お前たちも、今だけ、悪人を逮捕する間だけ、このおれに力を貸しちゃもらえねえだろうか。
終わったら、焼くなり煮るなりなんでもしてくれ。だから、頼む。お前たちの力がほしいんだ!」
お富がみんなの目を見た。
「どうする?みんな…。」
すると、みんなは、大きくうなずき、声をあわせた。
「あいよ、まかしときな。」
「ありがとうよ。女房五人のそろい踏みだ。こいつぁ、百人力、いいや、千人力だ。
力を合わせて、返り討ちにしてくれる。まずは、急いで応援を頼まなきゃならねえな。」
「私、タイムトンネル抜けて、タイムパトロールの本部に応援を頼んでくるわ。」
「おう、レイナ、この長屋の裏道を行けば、閻魔堂にすぐに抜けられるぞ。頼んだぞ。」
「なんだ、あんなこわい道を通らなくても閻魔堂に行けるんじゃないの。ひどいわ。」
「ごめんな、お富。そうだ、悪いが、レイナと一緒に閻魔堂に行って、閻魔堂の入り口に隠してある布袋を取ってきてくれ。
悪いが急ぎだ。いいかい?」
「あいよ!まかしといておくれ。」
「それから、サチ、すまんが、俺が万が一の時は、みんなを守って、どこかに逃がしてやってくれ。お前なら間違えねえ。」
「まかせてください。お前さま。」
するってえと、縄文時代の娘も立ち上がります。
「戦うんなら、私も戦うよ。いつも栗林を荒らしにくるイノシシや猿とやりあっているんだから。負けないよ。」
「心強いわ。ミオナさん、一緒に戦いましょう。」
「はい。」
するってえと、レイナとお富は、外に飛び出して行くわ、サチは懐から小刀を取り出して外の様子をうかがうわ、
ミオナは、近くの棒切れを探し出して、槍を作り出すわ、緊張が高まります。
「熊さん、悪いが、与太郎どんを連れてきてくれ、その辺にいるだろ。」
「ほいきた。」
女たらし亭主、はっつあんんこと池中八五郎は、急いで身支度を整え始めましてな。するとそこに、明治時代の女、お糸が来ましてな。
「女は、男に従うもの、手荒なこと、でしゃばったことは慎みなさいと教えられてきました。
でも、みなさんお強そうで、一緒に戦うつもりみたいですけれど…。」。
「あははは、俺もいろいろな時代を飛び回ってやっとわかってきたよ。
女が男に従うのは、武士や明治時代以降だけみたいだ。
戦国時代ぐらいまでは、通い婚と言って、男が女の家に通うのが中心、男に頼ってなんかいない。
縄文時代はもちろん、戦国時代も、江戸時代の長屋も、女の方が全然強くて元気だぜ。
男は女に勝てないから威張っているんじゃねえかって思うほどさ。でも、お糸さんは、体が弱いんだから、無理するなよ。」
「いいえ、私にも何か仕事をください。明治女の意地があります。」
「よし、そうだ、おいとさんは古美術商のお嬢さんだったもんな。浮世絵、お糸さんに渡すから、万が一の時はしっかり守ってくれよ。」
「かしこまりました。旦那様。命に代えましても。」
そこに、お富や熊公たちが帰ってきましてな。
「あんた、閻魔堂から、布袋持ってきたよ。」
「ほいほい、はっつぁん、与太郎どんを連れてきたぜ。どうするんだい。」
「みんな、ありがとよ。おう、非常用の布袋だ、この中に小さな箱が入ってるだろ!
これを、一人一個ずつ持ってくれ。26世紀のテレポートマシンだ。」
「なんだい、そのテレスコとかなんとかいうのは?」
「この赤いでっぱりを押すだけで、遠いところにひとっ跳びできるのさ。
青いほうを押すと相手を好きなところに運ぶことができる。
これでやつらを一発で26世紀の牢屋の中に転送、いや送りこんでやるのさ。どうだい。」
「さすがはっつあん、頭いいねえ。」
「もし万が一しくじってやばい時は、赤を押せば、遠くに逃げられる。
でも相手を飛ばすには、この発信機っていう小さな金具を、奴らの体にくっつけなくちゃならないのさ。
悪いが、おれはやつらに面が割れているんでな。それでな、与太郎どん、お富、お前さんたちが…ゴニョゴニョ…。」
するってえと外をうかがっていたサチが低くつぶやきました。
「この先の乾物屋の角を商人風の三人がやってきます。歩き方に隙がない。まちがいありません。やつらです。気を付けて…。」
するってえと、与太郎どんが水桶とひしゃく、お富が手拭いをもって外に飛び出していきました。
熊さんとはっつあんは、物陰でそれを見守っています。
「ああ、この長屋だ。やっと見つかりましたよ。
あの熊とかなんとかいうやつが右と左を逆に教えやがったんで、とんでもない遠回りになっちまった。」
「まったくだ。本当にとぼけた野郎だ。今度は間違いねえ。気をしめて取り掛かれよ。」
「合点です。ボス。」
「馬鹿野郎、ボスじゃねえ。旦那様だ。気を付けろ。」
「すみません、ボス。」
「…。」
さて、三人連れが長屋に近付きますと、ボーッとした与太郎どんが、ひしゃくで水を撒いております。番頭風の男が進み出て尋ねます。
「すみません、この辺に行商の八五郎さんの家はありますか。うえ、つつめてえ!」
「あちゃー、許してくんろ。もののはずみだ。」
ひしゃくの水が見事にかかり、三人連れはびしょ濡れです。
「まあ、大変。与太郎どん、すぐあやまりなさい。すぐお拭きします…。
すいませんうちの長屋の与太郎どんはいつもこんな調子で、悪気はないんですよ。許してやってください。」
お富が飛び出し、三人の体を丁寧に手拭いで吹いて回る。
「これは、すみませんな。ご家内、お気を使わないでください。
なあに、ちょうど昼前で、暑くてたまらなかったところでございます。ひんやりしてちょうどいい心持ちですよ。」
「まあ、そんなことおっしゃらないでください。ちゃんと拭きますので…これでよし。」
「すみませんね、ご家内。ところで、この辺に…。」
難波や徳兵衛がしゃべりかけた時、物陰から熊さんはっつあんがとびだしました。
「そこまでだ。難波や徳兵衛。神妙にお縄を頂戴しろ!」
「てめえ、さっきのとぼけた野郎。お前のおかげで。」
「馬鹿野郎、奴らの手を見ろ。テレボートマシンだ。今、あの女につけられたんだ。発信機をさがせ、転送されちまうぞ!」
三人連れは、あわてふためいて、着物に着けられた発信機をさがします。お富がアカンベーをします。
「簡単には見つからないよーだ。ばーか。」
「よし、お富、熊公、でっぱりを押せ。せーの!」
三人の手にある三つの機械が、三人の悪人に向けて光を発します。
「うおおおおおおお!」
みるみる手下の二人の体が揺れ始め、牢屋に向けて一直線、消えていきます。
「やったぜ。あれ?」
ところがなぜか、難波や徳兵衛だけは消えません。いや、熊さんがゆれて消えかかっています。
「ばかやろう、熊公、相手を送るボタンと自分を飛ばすボタンを間違えたな。」
「うおおおおお、なんだっておれが!助けてくれ。」
「ばか、青い方をすぐに押すんだよ。ほら、こっちを…わああ!」
「あんたー、あんたー。」
気が付くと、難波やの手下二人は刑務所送りになったのですが、
熊さんとそれを助けに入ったはっつあんは、二人一緒に江戸の町のどこかに飛んで行ってしまいました。
難波やはその間に着物の裏地につけられた発信機を見つけて踏み潰し、懐から、レーザーガンを取り出しましてね。
「はっつあんが消える時、あんた、あんたって叫んでいましたね。お前さんがあいつの女房だね。ご家内、すみませんね。
ご亭主が心配でしょうが、教えてもらえませんか。あんたとはっつあんのご自宅を。」
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