ハピエコ・オリジナル小説

落語「タイム女房」其の二

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第二話;女の物語

「そうだねえ、まずはせっかくここに来てもらったんだから、一人一人、 どこからきて、亭主とどんないきさつでいい仲になったんだか。教えてもらうってのはどうかね。」
「ああ、そうねえ。この際、いろいろとはっきりさせておかないとね。じゃあ、私から。 私は高原レイナ、この男、池中八五郎の許嫁、同じタイムパトロール員です。 私が情報を集め、彼が作戦を立てる。そして二人でタイムトンネルを抜けて、悪を討つ。 変装したり、時空を超えたカーチェイス。いいコンビだったのよ。 犯罪組織との生死をかけた戦いの中で、すっかり意気投合してね、付き合うようになったわけ。 ところが、最近タイム密輸団の捜査が始まってからほとんど会えなくて、怪しいとは思っていたのよ。 さて…、どう決着をつけるかなあ。今回のことを本部に報告すれば、この人はきっとクビね。 歴史を変えちゃうかもしれないんだから。どうしようかしら。」
「頼む、それだけは勘弁してくれ。おまんまの食いあげになって、みんなを養うことができなくなっちまう…。」
「どうしたもんかね。あたしはお富。大店の廻船問屋で奉公に出ているところに、 この人が客としてチョコチョコ顔をだしてきてね。でも、ある日うちの小僧さんが集金の金を落として大騒ぎになったことがあってね。 そしたらこの人、関係ないのに一生懸命探してくれて、汗だくになってドブさらいまでしてくれて…。 お金も、おかげで見つかったんです。いい人だなって感心して…。」
「そうやってナンパしてるわけね。最低!」
「あの廻船問屋が江戸時代の浮世絵などの裏取引をやって、タイム密輸団に美術品を流していたんだ。 もう証拠はつかんだ。そのために毎日顔を出していたんだ。本当だ。」
「それでね…この長屋に住んでるって言うから、押しかけて居着いついちゃったわけ…。 でも押しかけ女房の私が言うのもなんだけど、この人ちゃんと稼ぎを入れてくれるし、まめにあたしをかわいがってくれるから、 まさかこんなことになるとはおもわなかった。 さて、どうしようかね。南町奉行所に連れて行っておシラスの上でお奉行様に吟味してもらって、島流しにでもしてもらうかね。」
「頼む、それは待ってくれ。もうすぐタイム密輸団のボスを捕まえられそうなんだ。今は見逃してくれ。」
「どうしたもんかねえ、はい、じゃあ、次はあなた。」
すると、明治時代から来た貞淑そうな女が進み出ましてね。
「旦那様…。」
「お糸…。おまえ、体は平気なのかい?」
「はい…。厳しい士族の家で育ちました私は、骨董商で成功しました厳格な父親のもとで家の手伝いなどをしておりました。 そのとき我が家の離れにおりました書生の一人が、旦那様でございます。書生の蜷さんは、列強の侵略にどう立ち向かうか、 富国強兵で大日本帝国はどう身を立てるのか、いつも論じていましたっけ。」
「いやね、明治維新の動乱の影でたくさんの美術品や仏像が密輸団によって持ち出された。それを調べるのにちょうどよかったんだ。」
「私も、年頃になりまして、海軍の将校の方や財閥のご子息など、縁談もたくさん来ておりました。 が、まさかの結核を患い、病状は悪化するばかり、ある日もう助からないと医師から告げられたのです。 ところが、旦那様が、そんな私を見かねて、よく聞くお薬をくださいました。 もう、明日をも知れぬ命、すがるような気持ちで身をゆだねました。すると、奇跡のように治ったのでございます。」
「ありゃー、26世紀の薬を使ったのね。そんなことしていいのかな。」
「だって、ほら、お世話になった先生の御嬢さんが危篤ということになって、放っておけるかよ。そうだろ?」
「旦那様にいただいた新しい命、もうこの人のために一生を捧げようと心に決めたのでございます。 旦那様は、俺はそのうち遠くに旅に出る。君を幸せにはできないと言ったのですが、 それでもいい、おそばにおいてくださいとわがままを言ったのは私ですから…。 ゆくゆくは正式に藤堂家の婿として、家督をついでもらえたらと思っておりましたが…。 こうなれば、かなわぬ夢、しかたありません。うう、シクシクシク…。」
「こんな純粋な御嬢さんの心をもて遊んで、ひどいわ。鬼!けだもの!ドテカボチャ!」
「大日本帝国のために戦って、海の藻屑と消えてなくなれ!」
すると次は戦国時代から来た凛とした気丈な女が進み出ましてな。
「おまえさま…。」
「サチ…。こんなことになって、本当にすまない…。」
「私はもともと貧しい土豪の武士の娘でした。金を得るため楽市楽座で商いの手伝いをしているところを、 たまたま戦国大名の姫君の侍女に取り立てられ、家を出ました。しかし数年で姫君の嫁ぎ先は滅ぼされ、 それからは姫君とともに戦乱の中、新しい嫁ぎ先などを転々としました。死を覚悟したことも一度や二度ではありませぬ。 姫君が非業の死をとげられてからは、城で下働きをしておりました。そこに出入りの商人としてやって来たのがこの人だったのです。」
「その城に茶の湯で使う、天下の名器があり、タイム密輸団が狙っていたんだ。ところがある日のこと…」
「そう、あの夜、城は敵対する武将の奇襲にあい、炎上、何も知らされていなかった私たち下働きは、 ついに最期かと覚悟しました。ところがこの人は自分の命を顧みず、私たちを城から脱出させる手助けをしてくれたのです。 しかも、そのあとも知り合いだという尼寺に、かくまってくれました。そして、この人は命を助けてくれただけではなく、 私の不幸な身の上を嘆いてくれて、やさしくしてくれた。私の流浪の人生の中で、初めて安らぎを得たような幸せな気分でした。 それが、こんなことに…。そうなんです。いいことは長く続かない。 諸行無常、いつもうまくいくかなと思うと…はかなく消えていく…。しかたないのでしょうか。」
「ひどーい、ひどすぎるよ。どうするつもりなの!」
「あんたなんか、頭をツルツルに剃って、土に埋まってしまえ!即身仏になればいい!」
すると、次は縄文時代から来た素朴な若い女が進み出ました。
「あたいは、ミオナ。土器を作る一族の娘だよ。私たちの村では、男たちは狩りや交易に出かけ、 女は、季節ごとに山や、栗畑、海岸に出かけ食べ物を集めるんだ。村のみんなと平和に暮らしていたんだよ。 ところが、祭りが近付いたある日、村に遠い大きな陸地から来たという男たちが現れ、 神様に捧げる土器を根こそぎ持って行こうとするんだ。」
「それってタイム密輸団?」
「ああ、やつら、縄文の人々が素朴なのをいいことに、力づくで高価な火炎土器などを集め回っているのさ。」
「そこに一人で現れ、奴らを追い払ってくれたのが、この人なの。 大事なお祭りの土器もすべてとりかえしてくれたの。とっても、かっこよかった。 でも、戦いの最中に、ひどいケガをしてしまってね。私は毎日この人の小屋に通って、手当てをしたんだよ。 この人は、自分もケガをしてるのに、みんなを励ましてくれたり、今度やつらが来てもきっと守ってくれるって言ってくれたんだよ。 だんだんに、かけがえのない人に思えてきて。やっとこの人もケガがなおってきたから、 二人で力を合わせて、この平和な村を守って行こうと心に誓っていたのに。それが、こんなことになって…。」
「もう、どうしたらいいのかわからない。かわいそうなミオナさん…。」
「もうあんたなんか、山の中でのたれ死んで、熊や狼に食われちまえ!」
「すまん。悪気はなかったんだ。許してくれ。みんな、すまん。」
「どうするかい?みんなさあ。」
女たちは、黙って目を合わせました。
するとお富が言いました。
「あたしゃ、少しだけ安心したよ。うちの亭主、あこぎな女たらしじゃないらしい。 どの時代でも、人に好かれるようなことをしてたんだってね…。」
「わかってくれるかい、お富!」
「…でもだからって、許すつもりはさらさらないけどね。」

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